SNH48四期生 桃子(李釗)「少女アイドルの二重の挑戦」テンセントニュース『中国人の一日』第2736回

上海SNH48四期生チームX 桃子(李釗)がテンセントニュース(騰訊新聞)のコラム『中国人の一日』に取り上げられたので、日本語試訳。

『中国人の一日』第2736回 少女アイドルの二重の挑戦

中国人の一日:少女アイドル二重の挑戦

コメント2283件
(撮影/陳中秋 編集/徐松 『中国人の一日』第2736回)

20歳の李釗(訳注:上海SNH48四期生チームX 桃子)は中国大型女性アイドルグループSNH48の一員だ。17歳の年、SNH48に入りたいという自分の願いを実現し、少女アイドルになった。

しかしずっと希望の大学に入る夢をあきらめなかった。先日、彼女は人生で三度目の大学入試に参加した。

1997年、李釗は湖南省お張家界市で生まれた。中学生のとき、歌が好きだった彼女は結成間もないSNH48に夢中になった。「中学生のときの私は、将来何をするかまだ考えていませんでした。SNH48を好きになってから、自分も入団することを夢見始めました。高校に入って、ダイエット、勉強、どちらもこの目標のためでした」

高校3年生のとき、李釗は重要な決心をした。SNH48四期生にこっそり応募したのだ。初回選考の合格後、初めて両親に告げた。

(写真:李釗の自宅寝室、後ろにSNH48初期メンバーのポスターが貼ってある)

最初、両親は李釗がただ一時的に思い立っただけだとして、決して同意しなかった。ただ真剣に話し合った後、両親はやはり李釗の決心を支持することにした。

「私たちは当時高校3年生の勉強のことを心配していました。でも娘の真剣さを目にして、本当にしっかりした考えを持っていると思いました」

その後、李釗は数万人の応募者から選び出され、願いどおりにSNH48に入団、2015年正式デビューし、チームXのメンバーとなった。

SNH48入団後、集中レッスンが必要なため、一時休学を余儀なくされた。2015年大学入試前、李釗は高校にもどり、一回目の大学入試に参加する。

「あのときは復習していなくて、手ぶらで受験したようなものでした」

2016年、アイドルの仕事が軌道に乗った李釗は、二度目の大学入試に参加するが、理想的な点数にとどかず、志望届の提出をあきらめた。二度の大学入試失敗でも、彼女は決して萎縮しなかった。

2017年、李釗はさらに目標をはっきりさせた。演技学科を受験し、俳優になることだ。江蘇省、浙江省、上海、北京を転々とし、多数の芸術科大学を受験し、他にも何校かの専門学科を受験した。

芸術科試験に合格し、つづいて文化科目にも必死で取り組んだ。以前の二度の大学入試と異なり、今回、李釗は目標となる学校を決めて、自分で詳細に復習計画を作った。2017年4月、彼女はしばらく舞台とファンに別れを告げ、張家界にもどって復習と入試の準備をした。

(写真:ある予備校で、李釗が一対一の補修を受けている)

李釗に文化総合科目を教えた女性教師は次のように話している。

「彼女が小さなスターだと聴いたときには、ちょっと威張った人なんだろうと思っていました。でもじっさい話してみると、全くそうではありませんでした。とても人付き合いがよくて、すぐに友だちになりました」

自宅で復習している期間、李釗はスマホとほとんど使わず、インターネットもほとんどしなかった。疲れて眠気がするときは、保湿スプレーで目を覚ました。

入試準備の2か月間は、李釗がSNH48に入団後、実家に滞在した最も長い期間だった。家族全員が喜び、また緊張していた。母親は次のように話している。

できるだけ彼女の邪魔をしないようにし、日常生活の上だけしっかり面倒をみるようにしました。好きな料理を作ってあげました。たとえば煮込んだチキンスープを出してあげたり。

大学入試の前日、李釗は張家界第一高校の試験会場にやって来た。ここは中学から高校までの彼女の母校だ。

李釗とともに受験したのは、大多数が初めて大学入試に応募した学生だ。李釗はこう語っている。

「5年課程の専門学校に入った中学時代の同級生は、もうみんな卒業しています。大学に入った高校の同級生は、来年もう実習に入ります。私の大学入試は遅れましたが、仕事はみんなより早く始めましたよね」

李釗は笑いながら自分のことを「老司機」だと話した。(訳注:老司機はベテランのタクシー運転手)

受験会場で、李釗は二人のファンに気づかれた。彼女たちも同じ大学に応募し、今年入試に参加していた。一人の女子学生は彼女を励まして「桃子、入試がんばれ、総選挙がんばれ!」と言った。

大学入試の前の晩、李釗はベッドの上で参考書を読んでいた。李釗は、大学入試が何年もの勉強の総括だと考えている。彼女は成績で自分の能力を証明する必要がある。

「大学入試は公平です。努力しさえすれば目標に到達して、私の未来を変えることができます」

2017/06/07早朝、両親は李釗を試験会場に送った。父親は会場の校門まで送り届けるとそのまま出勤した。母親は娘の手をとって、試験会場の入り口まで付き添った。

「李釗は独立して物の分かっている子ですから、送らなくていいって。でも今回は今までと違う意味があります。彼女を大学入試会場に送るのはこれを最後にしたいんです」

母親はわざわざ赤色のチャイナドレスを着てきた。「鴻運当頭、旗開得勝」(運気がよくなり、勝って旗をあげる)という意味だ。

2017/06/07、張家界市第一高校の試験会場に、受験生が入っていく。李釗もその中にた。統計によれば、今年全国で940万人が大学受験に参加し、湖南省だけで合計41.08万人が受験申請、実際の受験者数は35.15万人だった。

2日間の入試が終わり、李釗は悪くないという感触を持った。いつものレベルを発揮でき、最後の英語が「壊滅的」だった以外は。

(写真:李釗一家が予備校の教師たちと会食。李釗はお酒の代わりにお茶を注いで、先生たち一人ひとりに感謝した)

李釗と友人はダンス公演に出かけてリラックスした。公演中、彼女たちはネット公開された大学入試の正解を受信し、公演には興味がないようだった。李釗は正解と照らし合わせながら、点数を試算した。

入試で緊張した気持ちをリラックスさせるため、大学入試が終わった翌日、母親は李釗をつれて張家界の景勝地の鍾乳洞へ出かけた。

大多数の卒業生が、おそらくこの夏をどう過ごすかの計画を立てているであろう中、李釗はすぐにもう一つの重要な「戦争」、あと一か月あまりに迫った、SNH48グループ第四回アイドル年度人気総決選に身を投じる。

彼女は「ファンを引きつけ」て投票してもらうことに力を入れなければならない。総決選のランキングが直接各メンバーの待遇と会社の資源分配を決めるからだ。

(写真:李釗は上海に帰り、チームにもどる準備をする)

2か月間も舞台から離れていたが、李釗はSNH48星夢劇院に戻ってきた。芸術科大学と大学入試のため、李釗は半年もファンと一対一の交流をしていなかった。できるだけ早くファンとの距離を縮めなければならない。

SNH48のファンからSNH48のアイドルに変わり、李釗は自分を幸運だと思っていたが、ある道理をいっそうはっきりと理解するようになった。

「他人の喝采を得るには、それに相応する責任を最大限果たさなければならない」

SNH48にとってもっとも重要な理念は「会いにいけるアイドル」だ。このアイドルとファンのための専用劇場は、客席と舞台の距離が非常に近く、ファンはアイドルにほとんど「手が触れられる」。

年度総選挙は、大学入試後の李釗が対面する最大の試験だ。2017/07/29、「我心翱翔」と題するSNH48グループ第四回アイドル年度人気総決選の結果発表、および、総決選コンサートが上海で開催される。

最終結果はファン投票数によるランキングだ。李釗の目標は上位66人に入ること。彼女は語る。

「大学入試は自分で運命を決めることですが、総選挙はファンが運命を決めます」

公演にもどったその晩、李釗は自分の総選挙速報の成績が第13位だと知った。これは彼女の人気が上昇中であることを意味する。

(写真:あるファンが仰向けになってスティックライトを高く上げて振り、興奮はやまない)

公演が終わった後、ファンの謝さんは李釗応援会の旗を片付けていた。謝さんは25歳、上海のある会社の社員で、李釗のことが好きになって一年半になる。

「桃宝宝(注:ファンがつけた李釗のあだ名)は優しくて、ポジティブで、嫌なことがあっても舞台ではそれを出さずに、僕らを楽しくさせてくれます」

謝さんは、総選挙の目標は難度が高いが、ファンはみな全力で投票しますと語った。

2017/06/24、湖南省の大学入試結果が発表された。李釗の総得点は431点、上海大学上海電影学院演技学科の湖南省での合格点を116点上回った。李釗はほっと一息ついた。大学入試を三度あきらめず、努力し続けてついに報われたのだ。すべて順調に行けば、希望どおり上海大学上海電影学院演技科に入学できる。