田中秀臣氏「SNH48による“文化の創造的破壊”は終焉へ?」の盛大な勘違い

「Real Sound」というサイトで田中秀臣氏が『SNH48による“文化の創造的破壊”は終焉へ?』という記事を書いているので反論しておく。

「愛国ビジネス」という言葉が完全に意味不明だ。

氏によればSNH48が『歌唱祖国』のような曲を歌い始めたことが「愛国ビジネス」らしいが、一銭の儲けにもならない。

SNH48は去年すでに『我和我的祖国』というさほど政治色が強くない愛国ソングを歌っているがこれらは制作するだけ赤字、「ビジネス」と呼ぶのは不適切で「愛国ポーズ」だ。

SNH48の出自が日本の48系であり、メンバーのほとんどが日本のアイドル、アニメ、マンガを愛しているからこそSNH48に入団している。

そのため現地ファンはSNH48が政府のご機嫌とりのポーズとして愛国ソングを歌わざるをえないことを分かっている。

ただ、SNH48がこの種の愛国ソングを歌うたびに、中国のネット民から非難されるのも事実だ。ただし政治とは関係なく、歌がヘタだとか、MVの出来が悪いといった理由で。

中国の一般市民がSNH48の愛国ソングに反応するのは、政治的とは全く無関係に「ヘタクソか!」というネタとしてだ。

また、「盧溝橋事件」や「南京大虐殺」の日が来るたびに、SNH48メンバーが人民日報などの微博をリツイートして「勿忘国恥(国辱を忘れるな)」と書くのも、一般市民から無用な非難を受けないための「愛国ポーズ」だ。

それらを「愛国ビジネス」と呼ぶのは、あらゆる意味で間違っている。SNH48運営会社が「愛国ポーズ」をとるのは、本来のビジネスに集中するためのカモフラージュだ。

「愛国ビジネス」という言葉を正しく言いかえると、「ビジネスのための愛国ポーズ」となる。

そして田中秀臣氏は、AKB48が中国再進出することを「どう控えめにみても、”本家”が独立した”分家”を潰しにいく構図にみえるだろう」と書いているが、これも誤りである。

(もっとも田中氏は「見えるだろう」と書いているだけで、自分がそう見ているわけではないと反論するだろう。逃げ道を作っておくのは物書きの常套手段だ)

田中氏はAKB48の新たな中国姉妹グループのメンバーもまた、ふつうの中国人の女の子であることを忘れている。

ふつうの中国人の女の子であるメンバーが、AKB48公式姉妹グループとして中国ツイッター(微博)を始め、仮に「南京大虐殺」の日に「勿忘国恥」とリツイートしなかったとしたら、一般市民からの非難のコメントで炎上するおそれがある。

新たなAKB48公式姉妹グループが国慶節に愛国ソングを歌わなければ、「ふつうの中国人としての愛国心もないのか?」と批判されるだろう。逆に愛国ソングを歌えば、日本のAKB48ファンから「あの中国の姉妹グループは何なんだ」と批判されるだろう。

SNH48グループはすでに中国中央電視台に何度か出演しているが、新しいAKB48公式姉妹グループの中国人メンバーが仮に中国中央電視台に呼ばれ、愛国ソングを拒否すれば、AKB48現地運営は非難される。逆に愛国ソングを歌えば、間違いなく日本のAKB48ファンの反感を買う。

さらに言えば、五年前、AKB48がSNH48を結成したときと異なり、いまはTPE48が公式姉妹グループとして活動を開始している。中国の新たなAKB48姉妹グループは「あのTPE48は何だ?」という質問を突きつけられる。

台湾は国なのか?それとも中国の一部なのか?という「両岸問題」だ。

新姉妹グループが「台湾は国です」と答えれば、ビビアン・スーの前例よろしく中国の芸能界で完全に干される。「台湾は中国の一部です」と答えれば、日本のAKB48ファンから非難されるだろう。

新たなAKB48公式姉妹グループは中国で活躍すればするほど、政治問題で日中世論の板ばさみになる。

一方、SNH48はAKB48から独立することでフリーハンドを得た。中国で活動する際に避けられない政治問題を、日本のAKB48本部や日本国内の世論と切り離すことに成功した。

SNH48は「愛国ポーズ」によって安心して中国国内で事業展開している。中国政府も、単なるポーズの愛国でも反政府的な言動にならなければ、内需拡大につながるビジネスは歓迎する。

SNH48運営会社の社長は日本国籍をもつが、最初から「文化の創造的破壊」など、文化的・政治的側面の影響力など狙っていない。また、現地のふつうの中国人もたかがアイドルグループごときに、文化的・政治的側面での期待も脅威も持っていない。

まともな中国人の大人は、たかがアイドルグループごときに文化や政治を変える力があるなどという幼稚な考えは持たない。

しかし、公の場で愛国心を示せない中国人メンバーの女の子たちは、そういうまともな中国人の大人たちに政治的に非難される。

たかがアイドルグループであっても、愛国心を示せなければ中国人ではない。

AKB48の中国新姉妹グループは、SNH48にはない非常に困難な状況におちいることになる。中国人メンバーたちは、抗日戦争、両岸問題などの政治的な文脈に丸腰で放り込まれる。

新姉妹グループは中国において「文化の創造的破壊」を起こすどころか、「政治的に破壊される」リスクがある。

SNH48は「文化的自由を、政治的自由の前で大きく縮減させることを選んだ」のではない。

SNH48は事業活動の自由と、芸能活動の範囲内で最大限の文化的自由を手に入れるために、政治的自由を一般の中国人レベルまで制限しているだけだ。

中国人がふつうの中国人レベルまで政治的自由を制限するのは、ふつうの中国人として当然のことだ。さもないと本当に政府に罰せられる。

SNH48は「愛国ポーズ」をとることで政府からの干渉を避け、ビジネスに専念し、成長を続ける。そのためには政治的なお荷物になるAKB48との縁も切る。これがSNH48運営会社のしたたかな経営戦略だ。

経済学者が本来SNH48について心配すべきは、SNH48運営会社の投資プロジェクトのうち、IPビジネスでコンテンツ制作投資が回収できないリスクや、不動産デベロッパーと組んだ「文化地産」事業が不動産価格下落でキャピタルロスを被るリスク等である。

SNH48運営会社は投資ラウンドのシリーズCを終えたベンチャー企業だ。経営判断を誤ってハイリスクな事業投資を回収できず清算を迫られるという、どの国のベンチャー企業にも起こりうるリスクを抱えている。

この点こそ、経済学者がSNH48について論じるべき観点である。

2017/11/27追記:
田中秀臣氏から、氏のいう微博のフォロワー数が全メンバーの合計であった点と、「愛国ビジネスへの傾斜が旧来からのファン層を減らしている」とは書いておらず、「旧来からのファン層を減らしていると言われているが、その傾向を示すデータはわかりにくい」と書いているだけだ、とのご指摘がありましたので、この2点を削除しました。

なお現時点で「愛国ビジネス」に対する筆者の反論について、さらなる反論は頂いておりません。