広州GNZ48春のシングル『HERO』MVの720p先行版が公開された。先週公開の北京BEJ48春のシングル『Once Upon the Light of Dawn 晨曦下的我們』MVとならぶ日本で出しても全く恥ずかしくないクオリティ。
先週のBEJ48とは明らかに別の監督だが、たぶん以前GNZ48に『たんぽぽの足跡(蒲公英的脚印)』などのMVを撮った監督ではないかと思う。間違っていたらすみません(汗)。
*)2019/04/30追記:監督から中国ツイッターでコメントを頂いた。やはり同じ監督だった。赤い貼り紙を指で必死ではがすシーンについても教えていただいたので追記した。
『たんぽぽの足跡』につづく広州GNZ48の「飛翔二部作」。両方とも大空へ飛びあがることがテーマになっている。
このMVについては書きたいことが山ほどある。
ストーリーは、顔の母斑のせいで学校でイジメにあっている少女が、色盲の転校生が同じくイジメにあっているのを勇気を出して助けることで人生を変えるというもの。ラストシーンで象徴的に母斑が消える。
↓こちらが予告編。
予告編は本編と無関係にわさとホラー映画っぽく作ったんだろうと思っていたら、冒頭そのままで驚いた。
このMVの脚本は歌詞と一致している。
関わりたいと思ったことはない/誰も私を気にしてくれない
でも期待してる/いつか居場所がないなんてことがなくなる日を
早く助けに来て(be hero)/寂しさでいっぱいだから(my hero)
あなたの勇気を早く見せて
You are my hero 早く私を宇宙へ飛び立たせて
自由にあなたの空まで飛ばせて
You are my hero 早く私を寂しさとさよならさせて
私がギュッと抱きしめてあげる Hero
Heroは自分の心の中にある勇気という意味の歌詞だ。
ただ、言っては悪いが生まれつきの欠点や障害をもつ登場人物を出せば、あちらでは政治的に無難という理由もあるだろう。
また、ハナちゃん(上海SNH48五期生から移籍)の目のまわりの母斑を見ると、現地ファンは鐘無艷(チョン・ウーイェン)という中国古代四大醜女の一人を思い出すらしい。
鐘無艷については去年SNH48グループ第五回総選挙結果MVの楽曲『終無艷(チョン・ウー・イェン)』のタイトルが、このダジャレになっていると書いた。
あの曲の歌詞はジェイ・チョウ(周傑倫)の御用作詞家・黃俊郎が書いたものだが、おそらくこの「鐘無艷」にかつての香港の輝きを重ねている。
『鐘無艷』の香港での映像化は1985年香港TVBテレビドラマ版、2001年サミー・チェン(鄭秀文)の映画版がある。どちらも喜劇らしい。
テレビドラマ版は顔の半分を色黒に塗るメイクだが、サミー・チェン版以降の翻案作品はすべて目のあたりを赤く塗るメイクに変わっている。そのため現地ファンは鐘無艷を連想するらしい。
このMV、映像作品としてはカット割りが非常に細かく、先週公開のBEJ48のMVよりもはるかに緻密に設計されている。
同時録音が使われている点もBEJ48のMVとの大きな違い。BEJ48は現場音がなくすべてアフレコだ。
現場音が大変なのは、カメラの方向に合わせて収音する必要がある点。例えばフレームの右側にいる人物の声は、ステレオで右側から聞こえる必要がある等。
それがよく分かるのはこのシーケンス。
↓このカメラ位置も非常に良いが、男子学生が机をひっくり返す音はカメラの位置の正面遠くに聞こえる。現場の音を拾っている。
↓次のカットで、ハナちゃんに詰め寄る男子学生の声は左の近くから聞こえる。
もう一つ音響でいうと『HERO』の別アレンジがわざわざ作られている点も凝っている。
低音域のない乾いたストリングスを、音の広がりが出ないように中央に寄せた定位にして、主人公の荒涼とした心理と荘厳さを表現している。
これが後半、主人公の世界が開ける脚本と並行して、一気に広がりのある元の明るいアレンジにクロスフェードする。この演出はまさに監督の才能。
そしてカット割りの緻密さは、たった数コマの短いインサートがたくさんある点で分かる。
もっとも効果的なのが後半、ハナちゃん(謝蕾蕾)が転校生のKimmy(鄭丹妮)を助けるシーン。
なお、脚本で色盲のため緑色か赤色か分からない帽子をかぶることが屈辱となっているが、ふつう緑色の帽子は妻を寝取られた男性を表しており、女性には無関係。
ただSNH48グループではメンバーどうしのカップリングで、ほかのメンバーに相手を取られたメンバーが緑色の帽子をかぶったり、緑色になるという定番ネタがある。それと関係なくはない。
このシーンでハナちゃんがKimmyの手から緑色の帽子を取り上げるシーンは4、5フレーム。非常に短いカットが入ることでスピード感が出る。
注意したいのは多数のフレーミングが手前の物ナメになっている点。上のにらみのカットも手前の生徒越し。
このカットも左手前の物ナメ、かつ帽子を取るまで1秒しかない。
これで帽子を一瞬で取り上げるスピード感が出ている。
↓その後、ハナちゃんが帽子を投げ捨てるカットも同じく切れのある短いカット。
帽子をカメラに向かって投げているが、それがそのままブラックアウトになって次のシーンにつながる。定番のシーン転換をきっちりやっているところがすごい。
ここはカメラをふさぐように帽子を投げる必要があるので、たぶんNGがたくさん出たに違いない。
他にも秀逸なカットは無数にある。
ただハナちゃんが廊下を歩くだけだが、どうやってこの構図を探し当てたんだろうか。
↓こういう何気ないカットもきっちり手前の人物の手をナメている。
↓この一人称カットでハナちゃんが優等生のミッフィー(劉力菲)をうらやむ気持ちを表現
この一人称のカットは簡単そうだけど、なかなか入れようと思いつくのは難しいだろう。
↓このカットも素晴らしい。クラスメイトに珍しく微笑みかけられ、思わず微笑みかえすハナちゃんだが…
↓微笑みかけたCK(陳珂)がカメラを横切ると、ハナちゃんは無表情にもどる。
プリントを配るCKの微笑みがうわべだけだと理解し、ハナちゃんが絶望に戻るという心の動きを、CKがカメラを横切る部分をカット割りのように利用して表現している。
これも何でもないように見えるが秀逸なカット。
その理由は、次のカットで街路樹の道に沿って自転車をこぐシーンになるから。シーンのつなぎのために必要なのだ。
このMVは人間の目線より低いローアングルから見上げるカットが多い。BEJ48のMVのカメラがほぼ全編、人間の目の高さなのと大きな違いだ。
↓関係ないけど、スポンサーの百貨店「MOPARK 摩登百貨」
他のスポンサー付きMVと違って、プロダクト・プレイスメントがこのワンカットだけでストーリーを邪魔しないのが良い。
後ろに映っている男子学生はセリフをしゃべるのに、フォーカスは手前のプレゼント(緑色の帽子)の箱に合ったまま。
重要なのはこの箱だということを明確に示し、次のシーケンスで箱の中からこのMVで最重要の小道具の帽子が出てくる。それを示すために男子学生をわざとピンボケにしている。
このカットは広角レンズだが、何も考えずに撮るとパンフォーカスになり、奥にもピントが合ってしまう。それをわざわざ手前の箱だけにピントを合わせている。何でもないカットでもきっちり設計されている証拠だ。
男子学生からの見上げ目線だが、ここでKimmyと、それを見上げる男子学生の三人称カットが入らないところがすごい。
その結果、Kimmyの鬼気迫る表情が前後の三人称カットの間にはさまって、くっきり浮き上がる。
↓この広角レンズ、ローアングルは、両脇手前の男子学生ナメがポイント
男子学生をナメる広角、しかも男子学生の実際の目線よりカメラを低くすることで、威圧感をさらに強めている。
日本のドラマや映画であまり意味もなく主人公が走るシーンは、あちらで日本系の映像作品を作るときの定番シーケンス。
ただこのカットはローアングルでほぼカメラが動かないのがポイント。直前のカットはドローン(クレーン?)の俯瞰で、そこから一気にローアングルになるため映像にリズムが生まれる。
それがBGMの『HERO』のサビとぴったり合っている。こういうローアングルの使い方も秀逸。
そしてダンスシーンの俯瞰は定番だが、やっぱり入るべきところに入ると気持ちいい。
右から走ってくるKimmyの腕しか映らないのだ。
ふつうこんなカット撮るだろうか。平凡な監督なら、人物がフレームインするか、メンバーが何人か左へ通り過ぎるまでカメラを回すだろう。
このカットがあることでロケ地のせまい校庭でも(広角なので広く見えるが)、長い距離を走っている感じが表現できる。と同時に、まだとどかない未来があることの表現になっている。
↓次のカット、人物は胸から上だけ、上半分を空にすることで飛翔感を出している。
ラストシーンに行く前に、このMVを通じて筆者が分からなかったのはこれ。
ハナちゃんの顔のアザはケガではなく生まれつきの母斑なので、このシーンとの関係がよく分からなかった。分かった方はTwitterで教えてください(汗)。
*)2019/04/30追記:このシーン、MVの監督さんから直々に中国ツイッターにコメント頂いたので日本語試訳しておく。
彼女が手で貼り紙をはがそうとするのは絶望を表している。「こんなきれいな電柱にどうして広告なんて貼るの?」「あんなきれいな顔にどうして母斑があるの?」この2つの問題はどちらも解決できない。
主役が電柱にしていることは、まさに自分自身にしたいことだが、広告ははがしてきれいにできても、自分の顔の母斑ははがせない。完全に無意味な行為に心をすり減らすことで彼女の内心の絶望を表現している。
なるほどそういう意味だったのか。筆者も即物的に解釈しようとしすぎていた。
そしてラストシーン。下図のラストカットも秀逸で、『たんぽぽの足跡(蒲公英的脚印)』のラストと同じテクニックを使っている。
何かというと、最も重要な動きが起こりかけたところで、いきなり暗転するというテクニック。
上の画面ショットは暗転直前、ハナちゃんの顔から象徴的に母斑が消えて微笑む場面だが、口角が上がる部分が12コマくらい、0.5秒くらいしかない。
観客がかろうじて気づく長さでMV全体がバサッと切られるので、逆にこの最後の一瞬の微笑みが強烈な印象として残る。
『たんぽぽの足跡(蒲公英的脚印)』のラストも、ミッフィー(劉力菲)の方へ海辺を全力で駆けてくるハナちゃんが大きく手を振るところで、同じくバサッと切られる。
SNH48や北京BEJ48の他のMVには、ここまで映像作品として良質で、手堅く、創意のあるMVはない。
以上のことから、たぶん『たんぽぽの足跡(蒲公英的脚印)』と同じ監督だと思うのだが…。
最後におまけ。冒頭のシーケンスと、途中にもある数コマのインサートを画面ショットで集めてみた。
とくに冒頭の赤(朱色)がテーマのインサートは、たった数コマしか使わないのに、一つひとつ手抜きなしなのが本当にすごい。