ダイヤモンド・オンライン『SNH48が導いた中国のアイドルブーム、経済悪化も一因!?』への反論

経済誌『週刊ダイヤモンド』オンラインが『SNH48が導いた中国のアイドルブーム、経済悪化も一因!?』(2016/06/02)という記事を掲載していた。

この記事で、いま中国で女性アイドルグループが複数出てきているのは、経済の低成長で若者がアイドルに心の癒やしを求めているからだ、という上海のアイドルファンの分析を紹介しているが、おそらく間違っている。

上海SNH48のデビュー以前から、中国各地の大学にはAKB48やモーニング娘。などのコピーをする、非商業ベースの女子大生のサークル活動(中国語では「社団」)が無数に存在し、これらのサークルを応援するファンも存在していた。

彼女たちがパフォーマンスを披露する場所の一つが、日本でもおなじみのコミケ。中国のコミケは日本よりも参加者が積極的にパフォーマンスする点で大きくことなる。

日本のメディアでも紹介されたことがあるが、アニメやゲームのキャラクターに扮するコスプレイヤーも、日本のコミケでは単独でカメラ小僧の被写体になったり、友だち同士でまったり過ごしているだけだが、中国では舞台に登場して音楽に乗せてダンスや寸劇を披露する。

ある意味、アイドルを応援する側もされる側も、非商業ベースのサークル活動で十分満足していた。こういった草の根アイドルグループがつぎつぎ出始めた理由の一つは、おそらく経済低成長で中間層の若者が「大きな夢より、身近な癒やし」を求めるようになったためだろう。

その意味で、草の根の非商業ベースのアイドルグループが中国各地に林立しはじめた理由が、経済の低成長で中間層の若者が心の癒やしを求め始めたから、ということができる。

しかし、こうした非商業ベースのアイドルグループと、SNH48のような商業ベースのアイドルグープは根本的に異なる。商業ベースのアイドルグループは、当たり前のことだが資金が回らなければつぶれるからだ。

過去に中国国内でデビューしたが商業ベースで立ちゆかなくなり解散した女性アイドルグループは複数存在する。

ではなぜいま中国で商業ベースの女性アイドルグループがつぎつぎ登場し、かつ、商業的に成立するようになっているのか。それは心の癒やしなどといった心理的な理由ではない。

1.インターネット少額決済の普及

一つの理由がインターネット決済の普及だ。詳細は他の記事にゆずるが、中国では若者の間でパソコンやスマートフォンをつかった少額決済が日本よりもはるかに気軽に利用されている。日本でいうLINEのようなアプリに現金をチャージしておいて、チャットのメッセージを送る感覚で少額の金額を相手に支払うことができる。

ダイヤモンド・オンラインの記事にある「ネット空間上のおひねり」も同じで、生放送動画の配信サイトで、あらかじめ現金でポイントを購入しておき、そのポイントで「応援アイテム」を購入して、好きなアイドルの生放送中にプレゼントする。

こういった生放送動画の配信サイトは中国語で「直播間」(ライブ放送室の意味)と呼ばれ、どちらかというと「セクシー」なお姉さんたちがおこづかい稼ぎに(中にはそれだけで生活している強者もいるらしいが)、生放送している割合が圧倒的だ。

(中国ではポルノは法律で禁止されているので、露出が高い服装や過激なダンスパフォーマンスなどは、サイトの運営会社がリアルタイムで監視している。そうした監視役の社員は視聴者から「」)

中国のように国土が広大だと、SNH48のような「会いにいけるアイドル」といっても、そう簡単に会いにいける土地に住んでいるファンもいる。

そこでアイドルグループの運営会社が全国各地に分散している無数のファンから少額の「おひねり」を集めて、運営資金をまかなうのに、インターネットの少額決済の普及は重要な役割を果たしている。

日本のAKB48系グループのように、劇場公演のチケット収入だけでなく、全国各地から少額の収入を得ることで、結果的に大きな売上をあげることができる、ということだ。もちろん若年層の人口が日本より圧倒的に多いということもある。

2.官製バブル

もう一つは中国政府がリーマン・ショック以降、異次元の金融緩和策をとったことだろう。

市場に大量共有された資金を、大人は株式市場や理財商品、不動産などに投資し、若者は自分の趣味に惜しげもなくつぎ込む。その趣味の一つがアニメ、漫画、ゲームなどのいわゆる「二次元」の世界にお金を使うことであり、その延長線上にアイドルを応援することがある。

そうした投資に対する金銭的なリターンのない「二次元消費」をする経済的余裕のある若者の背後には、裕福な中間層の両親がいることも忘れてはいけない。

もちろんこうした消費者側だけでなく、起業する側もタブついた資金の新たな使いみちとして「二次元」に注目するようになった。

その結果、オンラインゲーム制作運営会社、そのゲームにどっぷりつかることができるインターネットカフェ、上述のような生放送動画サイトなどの「二次元消費」を見込んだインターネットサービスの、小さな起業家が林立することになる。

そのさらに先にある「二次元消費」のビジネスモデルとして、起業家が注目したのが、日本のAKB48形式のアイドルグループだったわけだ。SNH48の運営会社も、もとはオンラインゲームの運営会社「久遊」である。

中国の官製バブルは、日本よりも経済格差を激しく拡大させている。

アイドルグループのような「二次元消費」に意欲的なのは経済的な勝ち組である中間層から富裕層の家庭の若者であり、アイドルグループの応援ような、リターンのない純粋な消費に相当な金額をつぎ込んでも生活に困らない層が厚くなったことが背景にあるのだ。

そして忘れてはいけないのは、アイドルになる側の女性もまた中間層から富裕層の子女である点だ。

中国では将来高収入の職につくため、起業家になるためには、高い教育を受けることが必須で、若年層の人口が日本より圧倒的に多いこともあり、大学入試や就職活動はいまだに激烈だ。

なので本来、高校生や大学生がアイドル活動のような余興に割く時間はない。

しかし中間層全体の生活水準が上がると、それほど良い会社や官公庁に就職できなくても、そこそこの生活を保てるようになる。

すると学業をやりながら、何かをする時間的な余裕がうまれてくる。その結果、経済的にアイドルになる余裕のある女子高生(最近では女子中学生まで)が出てくることになる。

このようにリーマン・ショック後の官製バブルでの金余りで、起業家や企業経営者があり余る資金を二次元消費のような水物にまで回す余裕ができたこと。

そして中間層全体の経済レベルが上がって、アイドルの「なり手」の女子高生・女子大生が増えたことが二つ目の背景としてある。

以上のように、中国でSNH48やIdol Schoolのようなアイドルグループが最近、中国各地で成立しているのは、決して中国の若者が経済の低成長でアイドルに癒やしを求めているわけではない。

物質的条件が本当に悪ければ、経済の低成長は、若者を条件の劣悪な労働に追い込むはすである。(もっとも農村出身の若者は中国の戸籍制度のために劣悪な労働に追い込まれるわけだが)

そうなっていないのは、じつは中国の経済が低成長になったけれども、それでもまだ成長を続けており、アイドルのような二次元消費にお金をつぎこんで心の癒やしを求めるだけの余裕がある証拠ではないだろうか。

週刊ダイヤモンドのような経済誌が、SNH48、Idol Schoolなど中国で女性アイドルグループがつぎつぎ登場している背景を、上海在住の日中アイドル文化の歴史にも詳しい若者(たぶん海爾凱特さんだと思うが)の言葉を借りて、「心の癒やし」というふうに心理学的に説明しているのがとてもおかしかった。

なので筆者は、経済的な側面から「正しい」分析を書いてみた。

経済成長をとげ、やっと「心の癒やし」といった心理的な問題に注目できるほど裕福になったばかりの社会は、おうおうにして自分たちの享受している幸福が、やっぱり経済的な基礎の上になりたっていることを忘れがちである。

もっと言えば、その経済的な基礎が、同じ国内でまだまだ貧困にあえいでいる大量の市民(中国の場合は農民籍の人民)の犠牲の上に成り立っていることを忘れがちである。