SNH48はアイドルグループではなくベンチャー企業である

日本の48系評論家は分かっていないが、上海SNH48はアイドルグループではなくベンチャー企業だ。

先日、上海の「Idol School」という女性グループ運営会社が投資詐欺にあった件をご紹介した。同社はすでに資金ショートを解消しているが、あらためて中国の女性アイドルグループがリスクマネー頼みのベンチャービジネスだと痛感させられた。

日本の芸能界はテレビと新聞社のクロスオーナーシップ、大手事務所や有力プロデューサ、大手広告代理店などの既得権益による寡占状態だ。ベンチャー企業がエンタメ業界に参入するにはネットメディアしかない。

ただ、コンテンツの寡占状態は終わっている。消費者の嗜好が多様化し、ネットの普及もあってパイは細分化した。紅白やレコード大賞の重要性の低下もその一例だ。

AKB48はそれを先取りし、オタクという小さいけれど忠誠度の高い市場を狙って成功したが、秋元康氏自身は既得権益側の人間である。

AKB48がメジャーになると必然的に「オワコン」になり、坂道系など別の小さな市場を自ら作り出すしかない。女性グループの市場は細分化する一方で、事業として存続できるメディアの既得権益にすり寄れた少数のグループしか残っていない。

男性アイドルグループが1970年代以降、一貫して既得権益による独占事業であり、ビジネス観点で論じる意味がないので無視する。

ネット事業コンテンツとしての育成系アイドル

上海SNH48の事業拡大を2012年の結成当時から眺めていると、中国のアイドルグループ事情は大きく異なる。

歌もダンスも下手くそな少女がタレントとして活躍するという、日本では1970年代の番組『スター誕生』から定着している育成系の概念がそもそも存在しない。タレントは最初からプロでなければならない。(1980年代以降中国大陸で人気が出た「アイドル」はすべて香港、台湾からの輸入だ)

そしてSNH48運営会社はあくまでベンチャー企業であり、育成系アイドルグループは複数あるビジネスモデルの一つに過ぎない。

秋元康が半分は作詞家として素人の少女がスターへ成長する物語に、心情的にコミットしているのとは違う。SNH48運営トップは純粋な実業家で、AKB48グループとSNH48グループの決定的な違いはそこにある。

SNH48社長は日本でゲーム開発会社を経営していたが、帰国後すでに過当競争状態のネットゲームで生き残るのは難しいと考えたに違いない。

しばらくは『勁舞団』というダンスゲームやイベントコンパニオン派遣事業などをしていたが、そこで出会ったのがAKB48というビジネスモデルである。育成系アイドルの素地が全くない中国ではハイリスクな事業だが、逆に未開拓市場でもある。

ただし育成系アイドルというコンセプトだけでは中国で投資を呼び込めないため、SNH48社長の本業だったネット事業のコンテンツと位置づけ、あくまでネット事業者として他社と差別化する方法をとった。

SNH48運営会社は当初から「会いに行けるアイドル」をネット事業用語の「O2O(オンライン・トゥー・オフライン)」に言い換えている。中国は国土が広大なため、まずネットでアイドルを知り(オンライン)、強くひかれた顧客がわざわざ上海まで会いに来る(オフライン)という実情とも一致している。

このようにSNH48運営会社はたまたまアイドルをコンテンツとするネットベンチャーであり、一般的なベンチャー企業と同じく投資家から資金調達する必要がある。芸能界の既得権益や寡占状態に守られたAKB48とは条件が全く違う。

しかし初期のSNH48運営スタッフの多くは純粋なAKB48ファンだった。秋元康の紡ぎ出すアイドルの物語に感動した人たちだった。例えば、アニメが大好きだから安月給でもアニメーターになるといったタイプの人たちだ。

そういうスタッフは「AKB48は日本人の心の中で高い位置を占めている」と本気で信じている。ふつうの日本人にとってAKB48は有名タレントの一つに過ぎず、アイドルオタクの世界に関心はない。

経営者から見るとAKB48というコンテンツは、そうした純粋なAKB48ファンが低賃金で支えてくれる点もスタートアップとしての利点だったに違いない。

ただ、規模が拡大して投資ラウンドを進めるにつれ、職員が全員「お金ではなく情熱」で働いてくれるわけではなくなる。また事業拡大を維持するだけの投資家への還元が必要になる。

「信仰」から「経済合理性」への脱皮

ここで中国のアイドルグループ運営会社の投資ラウンドをおさらいしておく。

下図のうち広州「1931」、上海「ATF」は2017年末に立て続けに営業停止している。

ベンチャーとしてのSNH48運営会社にとって、ステークホルダーは以下のようになる。

・投資家
・フランチャイザー(=AKB48運営会社)
・取引先(=中国のネットメディア企業やスポンサー企業)
・顧客(=ファン)
・社員
・専属タレント(=メンバー)

SNH48起業当初は育成系アイドル特有の忠誠心の高い顧客からの売上と、純粋なAKB48ファンで低賃金でも働いてくれる社員や専属タレントが事業を支えた。

それを中国のメディアは育成系アイドルグループ事業特有の「ファン経済」と呼んでいる。ファンだけでなく、社員も専属タレントも48系アイドルの「ファン」という意味だ。

「食費を切りつめてまで総選挙に投票する」とか「自腹を切ってまで仕事をする」といった「信仰」のような非合理な経済行動をとる人たちがSNH48のアイドルグループ事業を離陸させた。

しかし一定の規模になると、そうした非合理な経済行動をとる「信者」だけに依存していては、投資家から見てハイリスク・ローリターンの投資案件になってしまう。SNH48運営会社は資金調達のさまたげになるステークホルダーを切らざるを得ない。

つまり、以下の点を理解していないステークホルダーは切り離さざるを得ない。

(1)育成系アイドルは「信仰」ではなくビジネスであること。
(2)育成系アイドル事業は投資家のリスクマネーが必要なこと。(日本の芸能界のような既得権益がない)
(3)中国の投資家にとって他に投資案件はいくらでもあること。
(4)中国のエンタメ業界には政府の規制という特殊事情があること。

このうち純粋にAKB48が好きで入社した社員は(1)と(2)を理解していないため、SNH48運営会社の成長につれて自然に辞職していった。その他の点にある中国の国情を理解していないAKB48運営会社とも手を切らざるを得なかったと思われる。

SNH48が規模拡大の過程でこれらのステークホルダーを切り離すのは必然だった。同時にAKB48を「信仰」していたファンも失ったが、SNH48はすでに「AKB48は知らないがSNH48は知っている」新たなファン層を獲得している。

安定した資金調達のための国有企業との提携

先日ここで触れたように、2017年末、中国の女性アイドルグループのうち、広州「1931」、上海「ATF」が営業を停止した。

その理由の一つは、中国の女性アイドルグループ市場でSNH48の一強体制が出来つつあり、投資家から見ると似たような事業モデルのベンチャーにあえて投資し続ける理由がないことだ。

もう一つは、そもそもSNH48の規模まで成長した育成系アイドルグループという事業が、今後どう成長するか見通しにくいことだろう。SNH48は他の中国女性アイドルグループの将来の姿を先取りしているためだ。

ジャニーズを模した中国の男性アイドル3人組「TFBOYS」は対照的である。

「TFBOYS」もSNH48と同じくベンチャー企業だが、「スターを追っかけるのは女性だ」「アイドルグループは多くても5人だ」「大物タレントに気に入られることがブレイクの条件だ」といった中国芸能界の常識に沿っている。

「TFBOYS」の成功は「20年ぶりの小虎隊。10年ぶりのF4。ただし台湾や香港ではなく大陸発」のひとことで説明できる。そろそろ新しい男性アイドルの登場が待たれていただけで、特に新規性はない。

他方、SNH48は大型女性アイドルグループという新しい事業なだけに、成長の道筋を示さなければ投資家から資金を得られない。

その障害の一つである政府の規制をクリアするために国慶節に愛国ソングのMVを制作するなど「愛国ポーズ」をとり、さらに国有企業との提携も勧めている。

2018/02/03に上海メルセデス・ベンツ・アリーナで開催される上海SNH48第四回リクエストアワーは、SNH48リクアワ史上初めて「咪咕音楽」が独占生中継する。国有企業であるチャイナモバイル(中国移動)の音楽配信サービスだ。

SNH48は通常の劇場公演は中国のニコニコ動画クローン「ビリビリ動画」やネット最大手テンセント動画サイトなど、民間の動画サイトで配信するが、最近、大型イベントに限ってチャイナモバイル独占配信に切り替えつつある。現地ファンには不評だが、SNH48運営がステークホルダーの優先順位を変えつつある。

他にも同じく国有企業のチャイナユニコム(中国聯通)との提携で、ファンクラブ会員の特典をSIMカード購入と結び付けている。

SNH48オンラインショップでチャイナユニコムのSIMカードを購入すれば、公演チケット優先購入権などの特典を得られるというものだ。

こうした国有企業との提携を強化すれば起業当初のようなリスクマネーだけでなく、投資家からの安定した資金調達も見込める。シリーズCを終えたSNH48運営会社にとって重要な資本政策だ。

姉妹グループによるリスク分散

さらに投資家に対して他の投資案件に対する優位性を訴求するために、SNH48運営は女性アイドルグループをIT事業のコンテンツだけでなく、版権ビジネス(IPビジネス)や文化地産ビジネスのコンテンツにも利用し始めている。

中国のビジネスの流行に乗っているだけとも言えるが、コストの回収期間の短縮という目的がある。育成系アイドルはメンバーの育成にかけるコストを回収するまでの期間が長い。

たとえばSNH48二期生キクちゃん(鞠婧禕)が「卒業」してソロ活動を始めるまで4年かかっている。卒業タレントを輩出する速度は日本のAKB48より速いが、版権ビジネスはさらに短期間で回収できる。

例えば先日SNH48運営会社が、映像制作子会社の北京Studio48からリリースしたネット映画『大唐嘻遊記』の興行成績は、ネット視聴回数で公開当日の2018/01/12が1,000万回2日目が513万回3日目が781万回4日目が856万回という数字を残している。

『大唐嘻遊記』の収益モデルが権利の売り切りなのか使用料なのか分からないが、撮影期間は数か月、パッケージングして公開まで長くても1年で収益化できる。(黒字になるかどうかは別にして)

こうした自社制作映像コンテンツの版権ビジネスの前提には、キクちゃん(鞠婧禕)と同じく二期生のシャオスー(林思意)などが他社制作のネット映画・ドラマに出演して女性俳優として地道に実績を作ってきたことがある。

また『大唐嘻遊記』の出演メンバー5名は全員北京BEJ48だが、SNH48運営会社は北京、広州などの姉妹グループを同じビジネスモデルの支店とは考えていない。劇場公演による固定ファンからの収入が基礎である点は同じだが、リスク分散のために役割を分けている。

上海SNH48本部はすでに固定ファンが飽和状態なこともあり、K-POPスタイルの派生チーム「7SENSES」や、オリジナルミュージカルなど、48系と異なるエンタメコンテンツの「研究開発」投資をしている。

同時にキクちゃん(鞠婧禕)のようなソロ活動ができるタレントの育成を続けている。現時点で最有力候補は二期生テテちゃん(黃婷婷)だ。例えば2018/01/16開催のファッションイベントで、彼女は「年度ファッション新勢力アイドル賞」を受賞している。

SNH48グループ第四回総選挙でキクちゃんに次ぐ第2位はカチューシャ(李藝彤)だったが、SNH48運営会社はおそらくカチューシャはオタク層にはウケるが一般消費者には理解されにくいと見ている。

下図は2017年ネットバラエティー番組の、タレント別の検索指数と放送回数ランキングだ。

女性タレント上位の楊冪、柳岩は中国人なら誰でも知っている名前だが、このランキングでテテちゃんが第10位に食い込んでいる。『吐槽大会(ツッコミ大会)』という人気ネットバラエティー番組への出演によるものだ。

このようにSNH48本部は新たなコンテンツの「研究開発」投資と第二のキクちゃんの育成を続けている。

一方、北京BEJ48では劇場公演が手薄になるリスクを覚悟で、上記のネット映画『大唐嘻遊記』ようにトップメンバーを一時的に映画撮影に割り当てるあど、映像コンテンツの版権ビジネスに注力しつつある。

つい先日は陳倩楠(チェン・チェンナン)を主演にしたネット映画『龍的新娘』がクランクインしている。彼女はオタクに理解されにくい「モード系」の美人なのでコンテンツ制作に適していると言える。

そして広州GNZ48は、劇場公演や楽曲、MV、ネットバラエティーなどでどこまで固定ファンを増やせるか、正統派の48系アイドルコンテンツを追求している。

残る瀋陽SHY48、重慶CKG48は不動産ディベロッパーと提携し、不動産投資の付加価値として育成系アイドルグループの劇場が投資家に訴求できるか、文化地産ビジネスの実験をしている。

このように、SNH48運営会社は同じビジネスモデルを支店展開するのではなく、新事業を模索する場として姉妹グループを使い分けてリスクを分散している。すべては投資家から安定して資金を調達して事業を継続するためだ。

アイドルグループは手段でも目的でもない

くり返しになるが、AKB48が成功したのは日本の芸能界が既得権益で守られ、秋元康のような大物プロデューサは、AKB48がたとえ個人的な低迷期に始めた事業とはいえ、協力する芸能関係者や企業のコネが存在したためだ。

そうでなければ、いま日本に無数に存在する地下アイドルグループがどれ一つとしてAKB48級の知名度まで成長できない理由が説明できない。

しかし中国で育成系アイドルグループを成功させるには、既得権益もない、芸能界のコネもない、大型女性アイドルグループという文化的素地もないので、自己資金とリスクマネーでベンチャーとして起業し、地道に資本規模を拡大するしか方法がない。

SNH48グループのメンバーが公式アプリ「Pocket48」で、ギャラの払いが遅れたとか、ギャラを減らされたなどのグチを書き込むことはたびたびあるが、数か月間ギャラが払われないとか、生活できないので退団するということはない。

それはSNH48が一定の規模まで拡大した時期、つまり姉妹グループ展開に着手し、AKB48と決裂した時期に、ステークホルダーの優先順位をあえて変更した成果だ。

アイドルグループは金儲けの手段か目的かという二者択一の思考は誤りだ。アイドルグループをいったん金儲けの手段にして初めて、アイドルグループを維持する目的が達成できるという循環構造が正しい考え方である。

SNH48運営会社から離れていった初期のスタッフは二者択一思考に陥り、アイドルグループを金儲けの手段にすべきでないと考えている。一方、その後のSNH48運営会社は手段が同時に目的でもあるという循環構造の思考法で、何とか一定の規模までSNH48グループを成長させている。

組織としていったんアイドルグループへの感情的な思い入れを捨て、金儲けの手段とドライに割り切ることでしか、中国でアイドルグループ事業は維持できない。SNH48運営会社のベンチャー企業としてのこれまでの歩みは、そのことを示している。