上海のクオリティーペーパー『澎湃新聞』英語サイトが重慶CKG48メンバーを追跡取材、中国女性アイドル市場をレポート

上海の新聞雑誌発行会社「上海報業集団」のネットメディア『The Paper(澎湃新聞)』姉妹サイトにあたる英語の中国ニュース『The Sixth Tone』に、めずらしく重慶CKG48を取り上げた記事があったようだ。

『The Paper』は中国の社会、経済全般について、中国政府の単なるプロパガンダではない、硬派な社説を書くクオリティーペーパーだ。

地元上海のクオリティーペーパーから客観的に見ても、SNH48は中国のアイドルグループのバブル崩壊を生き延びた「中国」企業と評価されているようだ。

‘Born Again: China’s Girl Groups and the Life Cycle of a Stardom – China’s idol industry went from boom to bust in the blink of an eye. Now some girls are fighting their way back to the top.’ (The Sixth Tone 2019/06/21)

『生まれ変わる:中国女性グループとスターダムのライフサイクル~中国アイドル産業は瞬く間にバブルがはじけたが、今トップの座に復帰しようと奮闘している少女もいる』といった意味のタイトル。

英語なので読める方も多いと思うが、日本語試訳する。

重慶、中国西南部。19歳の毛譯晗は更衣室の窮屈な片隅に座って、4時間後の舞台の準備をしていた。肌にパウダーをつけ、染めた髪をお下げにし、ルーズな黒いTシャツという姿から、彼女のグループのトレードマークであるバブルスカートに着替える。

約80名のスタッフが彼女やチームメイトを支えていた。彼らが解雇される前は。

「普通の生活が退屈でイヤだったんです」と毛はマスカラをつけながら言った。「ずっとアイドルになりたいと思ってました」

メイクが終わると、典型的な日本式アイドルに変身した。ここは中国西南部、激辛料理と湿度の高い気候で有名な重慶だけれども。彼女の周りには、12人のチームメイトがその夜の公演にむけて、自己紹介のリハーサルをし、ダンス動画で練習し、歌詞を覚えていた。

チームマネージャーのWang Jiayaoは冗談めかして言った。「今夜の公演でミスした人は、公演の後の温かい食事抜きだよ」。若い女の子たちはどっと笑っておしゃべりを始める。これから始まる公演がどれほど大変なものでも、彼女たちは楽しそうだ。

結局、アイドルグループCKG48が最後に劇場の舞台に立って、まだ2か月しか経っていない。(2019年)1月に解散されて以来。

隣国の日本や韓国に比べ、中国の「アイドル」産業、芸能事務所がパッケージングして売り出す若いタレントは、まだ幼児期にある。日本が1970年代にアイドル産業を開拓し、韓国が1990年代半ば、アイドルグループでメインストリームの成功を収めた。

しかし中国で最初のメジャーなアイドルグループ、全員女性のSNH48は、2012年になるまで結成されなかった。

2年間の限定的な成功の後、SNH48は2016年のたった一度のイベントで親会社に1億人民元を稼ぎ出した。当時のレートで1,510万米ドルにあたる。

そのときから、SNH48の利益増の風をつかんだ投資家たちは、他方で日本や韓国のアイドルグループから数十億単位の利益を得て、生まれたばかりのこの産業に資金を注ぎ込み始めた。2016年だけで200もの女性アイドルグループが結成された。

しかしブームは行き過ぎ、また早すぎた。まだ準備のできていない市場に膨大なアイドルグループが氾濫した結果、強いファン層を獲得し、多くのグループから抜け出して、資金をただ使い果たすだけにならないグループは、ほとんどなかった。

CKG48もそういう市場の力学の犠牲者だった。しかしもう一度チャンスが与えられた。(2019年)3月、CKG48の地元運営会社は新たなビジネスパートナー、重慶演芸集団(Chongqing Performance Arts Group)を見つけ出したのだ。

CKG48の以前の劇場は彼女たちの公演専用だったが、同集団は週に一度、彼らの劇場でテスト的に公演を行う契約にサインした。劇場は巨大な複合商業施設の中にある。

夢、中断

毛譯晗が最初にCKG48のメンバー募集を見たのは2017年7月だった。彼女はすぐに応募したが、どういうグループに入るのかはっきり分かっているわけではなかった。

当時、彼女はすでに重慶の芸能事務所で2年間のトレーニングを受けており、高校の授業をごまかして何時間も歌やダンスのレッスンを受けていた。しかしアイドルとしてデビューしたいという彼女の望みは、その事務所が倒産したことで抑え込まれた。

(SNH48、上海、2019/06/14)

それでも、女性グループが中国で波に乗っているのを目にして、彼女はもう一度夢に賭けてみたいと思った。芸能事務所、上海絲芭文化伝媒(Star48)が設立したSNH48の成功の後を追って、中国の芸能事務所はAKB48モデルを展開し始めていた。

グループメンバーに専用劇場を与え、スターになる見込みのある少女を若手女性タレントにすべくレッスンをした。Star48旗下のグループは日本の姉妹グループと同じネーミングを与えることまでやった。都市名の略称と象徴的な「48」の組み合わせだ。

毛譯晗はCKG48のオーディションに合格した後、35名のスター志望の他のメンバーとともに、アイドルブームの一部にすぐなれると思っていた。CKG48のデビュー公演のとき、彼女は楽屋で脚をぶるぶる震わせながら、CKG48の新しい「星夢劇院」のカーテンから満員の客席をのぞいていた。次の瞬間、彼女とチームメイトたちは群衆の前に跳び出し、天使の羽があしらわれた舞台でフォーメーションを作った。

しばらくは、すべてが上手く行っていた。Star48は同様のグループを中国の主要都市である北京、広州などにすでに立ち上げていた。そしてCKG48は5つ目の姉妹グループで、毎週4公演、チームの小さなファンサークルのファンミーティングも行っていた。

公演が始まったとき、すでに警告の予兆はあったが、中国国内のアイドルグループ産業は絶頂期にあった。女性グループがあちこちで生まれ、性急な投資が市場にあふれていた。

(重慶CKG48公演前の楽屋、2019/03/16)

しかしその流れは続かなかった。じっさい、30~40人のファンが毎回CKG48公演を見に来ていたが、劇場は300席だった。CKG48のデビューから1年足らず、Star48は同グループの解散を発表、5つの姉妹グループの入れ替えを行い、新たにオンライン活動を主とするグループを結成した。Star48はこの変更を「改革」と呼び、「現在の芸能界とアイドル市場の加速に追いつくためだ」とした。

23歳のCKG48ファン、シュー・ツーハンは(2018年)12月のCKG48送別会を思い出していた。グループが間もなく解散されるという悪い予兆があった。彼は公演であまりに激しく泣いて、流す涙が残らないほどだった。

(重慶CKG48メンバーの公式写真を撮影するファン、2019/03/16)

未完成の覚醒

毛譯晗のように、多くの若い女性が中国の女性グループの勃興を見て、自分自身、アイドルになることを夢見た。2014年、ファン・ウェイが4万人のオーディション参加者から「1931」というグループのメンバーに選ばれたのは、まだ18歳のときだった。アイドル産業が新たなピークに達しようという直前のころだ。

「1931」はネット生放送企業「YY(広州歓聚伝媒)」から5億人民元の投資を受けており、彼女は楽しい時が永遠に続くだろうと思っていた。しかしたった3年後、「1931」とそのマネジメント会社はともに解散された。

彼女はネットバラエティー番組の撮影中に、電話で解散の知らせを聞かされた。「撮影が終わって、宿舎にもどり、そのまま荷物をまとめて出て行きました」。

その後すぐに「1931」のウェイボー(新浪微博)公式アカウントが応援してくれたファンに向けて感謝の告知をツイートした。そのツイートのトップに来ているコメントにはこう書かれていた。「ごめん。このグループ名、初めて聞いたんだけど」。

彼女が「1931」メンバーとして最後に活動したのは、インターネットタレントショー『Produce101』のオーディションだった。この番組は101人の参加者が新しい女性グループのメンバーになるために競い合う韓国の番組の中国版だ。

(訳注:中国版『Produce101』は中国三大IT企業テンセントが韓国Mnetから正式に版権を購入してネット放送したが、中国動画サイトは『偶像練習生』『明日之子』等々、『Produce101』のいわば「パクリ」番組を複数放送している)

中国の巨大IT企業テンセント(騰訊)制作の同番組は、ぶっちぎりの視聴回数を獲得し、一夜にして数多くの女性タレントを送り出した。彼女は参加者として「1931」の運命的なストーリーを語ったが、彼女の奮闘と有名になりたいという願いが実現しなかったことは、他の参加者も同じだった。

彼女は結局、新しいアイドルグループには選ばれなかった。しかし敗退後まもなく、別のタレント事務所と契約し、女性俳優兼歌手として新たなスタートを切ることができた。

他の「1931」メンバーは、それぞれ新しい冒険を始めていて、まだ連絡を取り合っている。「1931のメンバーの中には日本に行った子もいます。ミルクティーのお店を開いた子もいますし、タレント事務所を立ち上げた子もいます。でもほとんどの子はまだアイドルになる夢のために戦ってます」。彼女はそう言った。

(『Produce101』収録風景、以前に所属していた「1931」メンバーと、2018年)

ショーを止めるわけにはいかない

「1931」が迎えた結末にもかかわらず、彼女は同グループに入団してから約5年たったいまでも、アイドル産業は進歩したと感じている。「あの頃は、中国で育った女性グループなんて誰も知らなかったんです」。彼女は言う。「今はアイドルのショーケースになるような、リアリティーショーや歌番組など、パフォーマンスや活躍のチャンスが増えています」

彼女のように、30歳のヤン・バオロンは彼自身、アイドル産業に復帰しようと奮闘している。ベテラン・プロデューサのヤンは「チェリーガールズ」の結成を支援した。

「チェリーガールズ」も『Produce101』に参加しており、ヤンも以前Z-Cherryエンタテインメント(上海中櫻桃文化伝媒)で働いていた。同社は2016年設立後、5,000万人民元の資金を受けていた。

(訳注:AKS中国再上陸のAKB48 Team SHキャプテン毛唯嘉はZ-Cherryエンタテインメントでメンバーのマネージャーを担当していた)

Z-Cherryエンタテインメントはピーク時に6つのアイドルグループを誇っていたが、倒産してしまった。タレントやスタッフに対する補償が出来ないため、同社の社名はいまや「不良債務者」のブラックリストに掲載されている。

ヤンは以前の雇用主がそうして経済破綻したのを目にした後でも、近い将来、女性アイドルグループで成功すると信じている。彼の信念の一部は、中国市場の巨大な規模から来ている。調査会社EntGroupによれば、中国のアイドル産業は2020年までに1,000億人民元(約1兆5千億円)に達すると予想している。

(「チェリーガールズ」、2017年)

そういった考え方から、ヤンは3人の友人と新しい女性グループの立ち上げを決めた。彼は「Produce101」がアイドル産業のゲームを根本から変え、「アイドル女性グループ」という新たなバズワードを作り出したと話す。

「(アイドル)バブルが崩壊した今こそ、新しいチャンスが必ず生まれ、そのチャンスを狙うつもりです」、ヤンは我々にそう語った。

しかしヤンのビジネスパートナーの一人、フアン・チャオジエはヤンの期待を抑えている。「僕は自分でデッドラインを設定しています」とフアンは語る。彼も元Z-Cherryエンタテインメントの社員だ。「3年で成功しなければ、僕にはそれ以上続けるエネルギーはないでしょう」。

CKG48メンバーである毛譯晗は、二度目のチャンスを与えられてわくわくしていると話す。続々と現れる若いパフォーマーに依存しているこのアイドル産業では、アイドルが自分のキャリアを確立するには限られた時間しかない。毛譯晗はもう一度挑戦するために大学受験を延期したと話す。

(CKG48メンバー毛譯晗、公演中にファンの声援に答える、2019/03/16)

舞台に上がる前、毛譯晗は古傷を傷めずに激しいダンスに耐えられるよう、ひざにサポーターを巻いた。ただ結局は、サポーターは外れてしまった。2つ目のダンスでゆるんでしまったためだ。

にもかかわらず、彼女は歯を食いしばって、公演の最後までやり遂げた。その夜、劇場は満席で、300名以上の観客でいっぱいになった。ファンは彼女の復帰を歓迎し、彼女の歌とダンスに合わせて、お決まりの声援をし、スティックライトを振った。

これらすべてが、彼女が最初にアイドルになりたいと思った理由を思い出させた。「CKG48は私の気持ちが存在する場所です」、そう彼女は語る。「私のアイドルの夢の最高点で、CKG48の後は、どこにも行くつもりはありません」。

編集者:Wu Haiyun、Hannah Lund