NewsPicks記事の補完:躺平族時代の「もの売るアイドル」

2021/06/30、News Picksで「【必見】マーケティングを支配する『もの売るアイドル』」という有償記事が公開された。

ただ、例によって女性アイドルがほぼ無視され、硬糖少女303(Bon Bon Girls 303)の写真がある他は女性アイドルへの言及がなく、書き手のジェンダーバイアスが露骨に表れている。

そこで中国の代表的な(?)女性アイドルグループであるSNH48の「実績」で、このNewsPicksの記事を補完してみたい。

中国「最長寿」女性アイドルグループ

SNH48運営会社の上海絲芭文化伝媒は2010年設立、当初日本のAKB48公式姉妹グループだったが、2016年にAKB48運営会社と決裂して以降、中国で独立した活動を続けている。

中国で10年以上にわたって100名を超える女性アイドルグループを維持している芸能事務所は上海絲芭だけである。

SNH48は自社グループ内の活動にとどまらず、『創造営2020』からデビューした上述の「Bon Bon Girls 303」に二期生の趙粵、『青春は君に2』からデビューした女性グループ「THE9」に一期生の許佳琪を送り込むことに成功している。

「育成系」のSNH48が育てたメンバーで最も成功しているのは二期生の鞠婧禕だ。日本で「キクちゃん」と呼ばれる彼女は、現在は主に女性俳優として活躍し、NewsPicksの記事に引用されているCBNDATA「芸能人消費影響力総合ランキング」にも下記のようにコンスタントにランクインしている。

鞠婧禕 CBNDATA「芸能人消費影響力総合ランキング」
2021/01-03 35位
2020/10-12 17位
2020/07-09 42位
2020/04-06 28位
2020/01-03 23位

他の人気女性タレント、例えば迪麗熱巴、關曉彤、周冬雨などと比較しても一定の知名度を、清潔感のあるキャラクターとともに維持していると言える。

日本企業とのつながりによる「販促力」

元AKB48公式姉妹グループとして、SNH48運営会社の上海絲芭は日本企業との関係が深い。SNH48メンバーは主婦の友社『mina』中国版にしばしばモデルとして登場していたが、2017年に上海絲芭はこの『mina』中国版を買収し、傘下に収めている。

現在『mina』中国版には日本版の輸入記事と並び、SNH48メンバーがディオール、イヴサンローランなどコスメブランドの紹介記事などに登場している。

2012年の結成以来、SNH48がアンバサダーを務めた日本製品は、富士フイルム、ソニー、グリコ、大塚製薬、ヤクルトなど、日本以外の海外製品ではシャネル、ユニリーバ、スケッチャーズ、コカ・コーラなどがある。

SNH48は最も多い時期で300名以上、その後姉妹グループの統廃合を経てなお100名以上のメンバーを抱えており、商品によってセクシー、マニッシュ、キュート、クール、ポップなど個性の違うメンバーを提供できる点が強みとなっている。

なお上海絲芭の総裁である王子傑は日本国籍を持つ華人であり、1998年ゲーム会社KONAMIのアジア市場責任者であった点も特記すべき点だろう。

ゲームや女性アイドルなど、日本の二次元文化の中国現地化について、彼ほど地道に事業を継続している経営者は他にいない。

多角化としての「もの売るアイドル」

さて、NewsPicksの記事に戻ると、記事の冒頭でライブコマースについて触れられている。

SNH48メンバーは散発的に各種プラットフォームでアンバサダーをつとめる商品のライブコマースに出演しており、2020年9月、運営会社の上海絲芭は「浪彩少女AW9」という「ライブコマース」専門の派生グループを結成している。

SNH48推出电商女团浪彩少女,但唱跳老本行也不会丢

ところで上海絲芭が女性アイドルグループ運営会社の栄枯盛衰の中、生き残った理由の一つは事業の多角化にある。

48系アイドルグループの収益は専用劇場の定期公演とファン投票イベントに依存しているため、企業とのタイアップやアンバサダー(代言)で収入を得るにはメディア露出を稼ぐ必要がある。

メンバーを俳優として育成するための映像制作会社の設立(成功)、K-POPスタイルの男性アイドルグループ結成(失敗)、ゲーム開発(微妙)、アニメ制作(失敗)、ファッション誌発行(『mina』買収)、独自ファッションブランドの立ち上げ(失敗)、俳優部門やジュニアアイドル部門の設立(今後に期待)などなど。

ライブコマース専門の派生グループも多角化の一つだが、どうも成功しそうにない。今まで同様、メンバーがセール期間限定で有名ブランドのライブコマースに参加する形態が続くだろう。

10年前からプロ化しているファン

「プロ化するファン」の現象が中国に登場するのは、2012年結成のSNH48、2013年結成のTFBOYSよりさらに以前、AKB48が地下アイドルとして中国各地の大学生を中心に受容された頃だ。

「中華砲」という言葉で知られているように、この頃から中国AKB48ファンの組織力、集金力は日本のアイドルオタクをしのいでおり、AKB48総選挙の順位に影響力を持っていた。

女子学生が「社団(サークル活動)」としてAKB48のコピーグループを結成し、コミケでAKB48楽曲をパフォーマンスすると、その運営側としてメンバーを支える「プロ化するファン」現象はすでに見られていた。

ファンの役割分業、つまり、カメラマン、写真修整、文章作成等々は、中国AKB48ファンの間で始まったもので、そのノウハウがそのままSNH48やTFBOYSのファンに引き継がれている。

メンバーごとの後援会が人気投票などのイベントのたびに、タオバオで架空の商品を販売したり、クラウドファンディングを利用するなどして大量の資金を集める方法も、中国AKB48ファンのAKB48総選挙対策から生まれたものだ。

NewsPicksの記事にTHE9劉雨昕のファンが投票券に1,152万元を投じたと書かれているが、この規模の資金が動くのはSNH48グループ総選挙では毎年の恒例行事である。

このブログの最近の記事にも書いたが、SNH48最盛期の2018年総選挙で、第1位メンバーは1,064万人民元を集金している。この年、第1位~第48位メンバーの合計では6,700万人民元、すべてが上海絲芭の売上だ。

デジタルサイネージの活用もSNH48グループでは総選挙だけでなくメンバーの誕生日にもクラウドファンディングで集めた資金で、公共交通機関やビルの壁面などで行われている。

数年前との違いはNewsPicksの記事にある「桃叭」のような統合アプリがなく、資金集めは「微打赏」、収支報告は微信やQQのチャット、グッズ販売はタオバオなど、個別のプラットフォームで行われていたことだろうか。

これら「プロ化するファン」による組織的な応援は決して目新しいものでなく、TFBOYSやSNH48のファン、さらに遡って中国のAKB48ファンが10年前から蓄積してきたノウハウである。

推しのために買うのはドルオタの定例業務

推しメンバーがアンバサダーになった商品を大量購入して影響力を誇示しようとするのは「プロ化したファン」の定例業務の一つといえる。

上述のようにSNH48メンバーは過去に数多くの日本製品、欧米ブランドのアンバサダーをつとめているが、そのブランドの天猫などでの期間限定販促イベントとからんでいる場合、ファン組織は総選挙と同じ方法で資金を集めて大量購入する。

これもTFBOYSやSNH48のファンが2012年ごろから行ってきたことであり、決して新しいアイドルマーケティングではない。SNH48そのものは100名強の規模に縮小されているが、それでもアンバサダーの仕事が途絶えないのは9年以上の活動実績が評価されているからかもしれない。

水物アイドルがマーケを支配するとは限らない

ただ、アイドルを起用することが中国マーケティングのメインストリームになり得るかは微妙だ。ここでは「アイドル」を俳優や一般のタレントと対比させている。

アイドルには特有のリスクがある。特にここ数年のプデュ系番組からデビューしたグループのメンバーは、楊超越のような強烈な個性や、歌手、俳優としてとびぬけた実力がない限り、デビュー当初の人気を維持することは難しい。

デビュー当初はファンサークル(飯圈)内だけの認知を稼げるが、そのアイドルからファンが離れたとき、認知が定着するかという問題がある。

アイドルは本質的に水物で、新陳代謝が宿命だからだ。アイドル自身も入れ替わりが激しければ、ファンの入れ替わりも激しい。アイドルもファンも燃え尽きることがある。

この点でSNH48のような大規模グループには決定的な優位性がある。48系グループでよく言われる「DD」「箱推し」「推し変」という応援形態があるためだ。

一人のファンがあるメンバーのファンをやめても、SNH48グループ内で別のメンバーを回遊したり、同時に複数のメンバーを推したりする。その結果、SNH48メンバーの誰かがマーケティングに参加した商品は、SNH48グループのファンサークル全体で認知が共有され、SNH48グループ全体のファンがいなくならない限り、獲得された認知度も落ちない。

SNH48グループは2017年以降のK-POP路線の導入、そして、プデュ系番組への参加でTHE9やBON BON Girlsにメンバーを送り込んだことにより、AKB48色が強かった時代に比べて女性ファンが大幅に増えている。この点もアイドルマーケティング観点でSNH48グループの利点になりつつある。

ところで、NewsPicksのこの項に登場する鹿晗、蔡徐坤、王俊凱あたりは男性アイドルの中でも「別格」であり、最近のプデュ系番組からデビューした男女アイドルグループのメンバーが、このレベルの訴求力のあるタレントとして生き残るのは非常に難しいと言える。

政府の攻撃をかわすSNH48の生存戦略

NewsPicksの今回の記事は、最後に例の「中央网信办启动“清朗·‘饭圈’乱象整治”专项行动」に触れているが、中国で最もやってはいけないことは目立ちすぎることだろう。

ネットバラエティー番組にしてもタレント個人にしても、社会に与える影響が目立ちすぎると必ずと言っていいほど見せしめとして規制や処罰の対象になる。

また、トップクラスのタレントは常にスキャンダルによる炎上リスクにさらされている。たまたまキャンペーンを打った期間に、同じグループのメンバーのファンどうしで罵詈雑言の応酬が起こったり、異性問題、事務所移籍問題などで炎上したが最後、キャンペーンの効果は突如として不確実になる。

中国でその時々のトップクラスのタレントを起用したキャンペーンを打つのは、政治的にも、経済的にも、社会的にもハイリスク、ハイリターンと言えるだろう。

ではSNH48グループはどうか。

NewsPicksにある「投票のために特定の商品を大量購入して廃棄する、使途が不明なお金を集めるといった問題」は、まさにSNH48グループのファンが過去9年にわたって一貫してやり続け、ファンサークル内部で批判されながらも、当局から直接指導を受けるには至っていない。

その理由はSNH48には社会全体に影響を与えるほどの力がないからだ。しかし10年近く存続できるだけの収益は上げ続けており、今もアンバサダーのオファーを受け続けている。

この「外から叩かれもしない、自らつぶれもしない」という絶妙のバランスをコントロールし続けているからこそ、SNH48グループは中国最大で、最も長くつづくアイドルグループたりえている。

あまりリスクを取らず堅実に若年層の認知度を高めたい日本企業にとって、目立たないながらも一定規模の「飯圈」にリーチでき、一度獲得した認知度を維持できるSNH48グループは意外に魅力的なはずだ。

さらに中国マーケティングで常識のように言われてきた攻撃性とスピード感が、「佛系」から「躺平族」へと至る若年層に訴求し続けるとも限らない。若年層の「躺平」具合は今後強まりこそすれ弱まることはないだろう。

SNH48グループなら100名以上の所属メンバーを活かした複数の選択肢があり、いずれも実績がある。

いきなり卒業生ですでに知名度のある鞠婧禕を単独で起用する手もあるし、THE9の許佳琪、BON BON GIRLS 303の趙粵など、今まさに注目されているプデュ系番組の女性視聴者をターゲットにする選択肢もある。

また、現時点の総選挙トップメンバーを少数精鋭でピックアップし、同じブランドの複数商品展開をする方法もある。もっとベタな方法として、10人単位でまとめて広場舞のような洗脳曲を踊らせる方法もある。

「もの売るアイドル」というコンセプトが消滅することはないだろうが、ほとんどのアイドルは2、3年で消滅してしまう。

SNH48が9年生き残っているのは、個々のメンバーが消滅してもグループとしての認知度は落ちず、「SNH48の誰々が好きだから」という理由で入団するメンバーが今のところ存在し続けているためだ。

おそらく商品の認知度を高めたい場合も同じような考え方ができて、ときどき大きな花火を打ち上げるのか、毎週訪れる常連の店のようにするのか、前者がプデュ系番組から生まれるタレントで、後者がSNH48と言えなくもなさそうだ。